2014年5月6日火曜日
2014年4月23日水曜日
2014年3月14日金曜日
2013年9月2日月曜日
2013年8月27日火曜日
黄色いトマトは難しいのか?
![]() |
| 見かけは良いのだけど。。。 |
ベランダ菜園とはいえ、赤いトマトの方は毎年収穫も味もびっくりするほど上出来だったから、知らず知らずに甘くみていたからか、それとも黄色い野菜は難しいのか。
しかし赤もいつもに比べたらそこまで良くないし、、、ということは、甘く見ていたんだな。
2013年のロンドンの春は歴史に残るほどの最低な天気だった。
ずっと寒くて、空はずっと大暴れしていた。
だから、というか、苗を外に出すタイミングを遅らせたのだった。
もちろんケンカ勃発。
私は絶対に、天気ではなく、時季が大切だと思っている。
もちろん植え替え時期の天気が良いのが一番いいのだけれど、そうでない場合、どんなに寒くても、苗を植え替えて外に出しても大丈夫、雨が降ってようが嵐が来てようが、植え替えた方がいいと思っている。
それで苗がいくつかはダメになったとしても、残ったのはことさら強く育ってくれると思う。
ニックはそんな考えは馬鹿げていると思っている。
そうかなぁ??
2013年8月16日金曜日
ベランダ菜園のプチトマト
ブレーメンから帰ってきたらベランダでは美味しそうなトマトが出来ていた。
でもやっぱり例年並みの豊作とは行かず、しかも楽しみにしていた黄色いミニトマトは数も少ないし甘みも少ない。やっぱり外に植え替えるタイミングが悪過ぎたんだと思うな〜と言うも、
「もう少し待って! まだ8月は残っているし、9月も10月もあるよ!」
とニックは言う。
2013年8月1日木曜日
2013年7月19日金曜日
苗の植え替えのタイミング
まだまだ夏!の今日の朝ゴハンはパンケーキ。嬉しい!
なんか、こんな顔の芸人が日本にいたような気もするけれど、、、ニックが作ってくれて、メープルシロップで頂いた。幸せだった。
ベランダ菜園も最近の天気でこうして着々と育っているけれど、今回は外に苗を植えるのが遅かったせいで、多分今年は豊作ムリだろうな〜と私は予想している。
ニックは「苗を植え替えるには天気が悪過ぎたからね」とまで言い張っているけれど、私は絶対に天気が悪いのと苗の植え替えは関係ないと思っている。
さて、どうなるか。
散歩していたらこんな光景を見た。
まるでジグソーパズルの絵のような、老舗クッキーの缶にプリントされたような絵のような、あんまりにどこか作り物めいた雰囲気だったから、びっくりしてしばし立ち止まって眺めていた。
2013年6月10日月曜日
ジェイミー・オリバーの土
今年もお世話になります、’’ジェイミー・オリバーの土’’。
春が寒かったせいで、とっても出だしが遅い今年のトマト植えなのだが、
大丈夫だろうか。。。
ニックがんばれ!
相変わらずやる気がない私だが、今回は黄色いトマトを植えるので食べる気はいつもの倍だ。
2013年4月21日日曜日
黄色いトマト
桜の木がとても美しいケンウッド公園の眺め。
水仙も。
もうすっかりロンドンの顔になったシャードが左側に見える。
と、目前にはこの3人がいるだけ。
あれ? 、、ってことは、あの二人は夫婦で、一人向こうに歩いていく子供は彼らの子供なのか??
まだまだ冷え込むロンドンだけれど、少しでも春気分を満喫したい人達がピクニックを楽しんでいた。
寒いけれど、水仙と桜でロンドンも春なことは確かだ。
たった一つ、赤い実がなっているのを見たらなんとなくいい気分になった。
一日中緑の中を散歩したせいか、延ばし延ばしにしていたトマトの種まきをついに今夜決行する気分になった。
横着ものの私達は、こういうものを使っている。
芽が出やすく、丈夫な苗が出来るらしい。
まずは水を注ぐ。
するとニョキニョキ膨らんでくる。
そこへこういうふうに穴をあけ、種をまいて出来上がり。
今年は大好物の黄色トマトにチャレンジすることに決めたから、とても楽しみだ。
旅行もあるし、もうそろそろこの部屋を出なければならなくなるかも、、と思いながらだんだんとおろそかになっていくベランダ・ガーデニングだが、
もう少し頑張ってみよう、おいしいトマトのためにも!
2013年4月14日日曜日
2013年3月19日火曜日
水仙
置きっぱなしでその存在さえも忘れていた鉢植えに、水仙が咲いていた。
バルコニーの奥の壁際の、しかも日本でいえば4階の高い場所で、
イギリスのびゅんびゅん吹きまくる風に耐えながら、
こうして綺麗に咲いてくれている。
何年か前のこと、3月の終わり頃に福井県の敦賀へドライブした時に、高波で荒れる日本海に向かって凍えるような風に揺れながら崖っぷちで咲いていた水仙を見ていたから、よほど強い花なのだろうとは分かっていたが、
ロンドンのとんでもなく荒れ狂う突風が吹きまくる中でも茎が折れることもなく、左右に前後に体を揺らしながら咲くその姿に、改めて感心させられる。
強いことは素晴らしい。
水仙は、日本では、その長持ちする生命力のお得感からなのか、枯れる時も花びらが散乱しないからなのか、それともただ単純に”水洗便所”に引っかけられたためなのか、
小さい頃から学校のトイレとか、サービスエリアのトイレとかで見かけることが多かった。
花の形にも色にも、取り立てて心惹かれることもなく、いまだに決して好きな花ではない。
けれどイギリスのこの暗くて長い冬を過ごすうちに、
2月の終わり頃になって公園の隅の方でひっそりと群生し始める水仙を発見するのが嬉しくなってきている。
あとひと踏ん張りですよーという気にもなってきて、心が躍る。
とはいっても、そこからがまた長いんだけれども。
ところで水仙と言えば、日本人にとってはワーズワースの詩『水仙』の方が実際の水仙の花よりも親しみがあるのではないだろうか。
日本人はイギリス人に負けずフランス人にも劣らず、詩という文化に対してとても積極的で、
このワーズワースの『水仙』もずっと以前から日本では読まれてきた。
私も幼い頃に父が読んでくれたものだった。
しかし、その時の私にはその詩のどこが良いのか全くわからない。
はっきりと、「そんな詩は全然好きじゃないから、聞きたくない」とまで言ったのだった。
それが!である。
先日久し振りに本棚を整理していると、「イギリス名詩選」(平井正穂編)という父の本が出てきたので手に取ると、彼がよく読んでいたせいで、その『水仙』のページが自然に開いた。
おぉ~~~~~~っ! 私が好きじゃないやつだ~!
と思いながら読み始めると、
生まれて初めて、その詩に心惹かれたのだった。
なんでだろうね。。。と思ったら、答えは簡単、
年を取ったせいなのだ。
そんな嬉しくも哀しくもある発見だったので、
記念にここにその詩を載せておいて、
いつでも読めるようにしようと思う。
The Daffodils
I wander'd lonely as a cloud
That floats on high o'er vales and hills,
When all at once I saw a crowd,
A host of golden daffodils,
Beside the lake, beneath the trees
Fluttering and dancing in the breeze.
Continuous as the stars that shine
And twinkle on the milky way,
They stretch'd in never-ending line
Along the margin of a bay ;
Ten thousand saw I at a glance
Tossing their heads in sprightly dance.
The waves beside them danced, but they
Out-did the sparkling waves in glee ; -
A Poet could not but be gay
In such a jocund company!
I gazed - and gazed - but little though
What wealth the show to me had brought.
For oft, when on my couch I lie
In vacant or in pensive mood,
They flash upon that inward eye
Which is the bliss of solitude ;
And then my heart with pleasure fills
And dances with the daffodils.
水仙
谷を越え山を越えて空高く流れてゆく
白い一片の雲のように、私は独り悄然としてさまよっていた。
すると、全く突如として、眼の前に花の群れが、
黄金色に輝く夥しい水仙の花の群れが、現われた。
湖の岸辺に沿い、樹々の緑に映え、そよ風に
吹かれながら、ゆらゆらと揺れ動き、躍っていたのだ。
夜空にかかる天の川に浮かぶ
燦(きら)めく星の群れのように、水仙の花はきれめなく、
入江を縁どるかのように、はてしもなく、
蜿蜒(えんえん)と一本の線となって続いていた。
一目見ただけで、ゆうに一万本はあったと思う。
それが皆顔をあげ、嬉々として躍っていたのだ。
入江の小波(さざなみ)もそれに応じて躍ってはいたが、さすがの
燦(きら)めく小波でも、陽気さにかけては水仙には及ばなかった。
かくも歓喜に溢れた友だちに迎えられては、苟も(いやしくも)、
詩人たる者、陽気にならざるをえなかったのだ!
私は見た、眸(ひとみ)をこらして見た、だがこの情景がどれほど豊かな
恩恵を自分にもたらしたかは、その時には気づかなかった。
というのは、その後、空しい思い、寂しい思いに
襲われて、私が長椅子に悄然として身を横たえているとき、
孤独の祝福であるわが内なる眼に、しばしば、
突然この時の情景が鮮やかに蘇るからだ。
そして、私の心はただひたすら歓喜にうち慄(ふる)え、
水仙の花の群れと一緒になって踊りだすからだ。
こうして英語、日本語で書いていると、改めて面白い。
書くということは、勉強になるんだな。
ところで”燦めく”を本にあるように”きらめく”でタイプしたのだけれど、出てこない。
燦然の”さん”で、”さんめく”と入れてタイプしてやっと出た。
訳者が訳してある通りに、本の通りにしたいので、行もふりがなもそのままにしたけれど、
訳詩というのもこうして並べてオリジナルと比較すると興味深い。
それにしても、この詩を好きになったなんて、
やっぱり、着実に年取ってるんだな、私!
’’1802年4月、ワーズワースが妹と散歩している途中、水仙を見たことから書かれたこの詩。
ただし、執筆は1804年のことで、1807年に出された『詩集』の中で公にされたのもという。
そしてかの有名な題名は彼が付けたものではなく、一般に呼びならわされているものに従った。’’
そんな説明書きも本には付いていた。
他にもバルコニーではプリムラが花を咲かせた。
黄色はこの曇天の寒空の下ではなおさら明るくて良いね。
プリムラも丈夫な花で、手入れも何もしなくても、毎年たくさんの花をつけてくれる。
どうなるかと思っていたバラも、だんだんと新しい葉っぱを出してきている。
こんなに寒くても、やはり3月には違いないんだなと、
春を愛するイギリス人の気持ちがよく分かってきた最近のロンドン生活である。
2013年2月1日金曜日
短すぎる花の茎
ずっとベランダに出ないでいたから、花が咲いているのに気が付かなかった。
嬉しい。
が、
それにしても短すぎる茎だ。
昨年の春のチューリップも短かったがアヤメの茎が短いと格好が悪いもんだな。。。
かなりきつい風が吹き荒れるので、どうしても短くなってしまうベランダの花達だがこうなると楽しみにしている最近芽を吹き出したバラの花付きが気になってくる。
なので、ニックにバラの鉢を春が来るまで部屋に入れてもいいかと聞いたら、鼻で笑われた上に「ダメだよ~」と言われた。
なんで?
と聞くと、
「邪魔でしょ」と。
おい。
君のクリスマスツリーはずっと部屋にあったのだよ。。。
2012年3月21日水曜日
買わなくても。。。
去年は咲かなかったので、もうダメか、、と諦めて、1ポンドという値段がいけなかったのか、、、などど考えもしたが、結局捨てることが出来ず、かといって世話をするわけでもなくバルコニーに放ったらかしてあったのが、
なんと咲いていた!!
しかも色といい、大きさといい、なんともゴージャスではないか!
と、明日日本に行くからとその準備をしながらバルコニーにミントを植えていると、
あれ?あそこに見えるは。。。。。。
去年の春に屋根に吊るしたバスケットに植えたパンジーの種が飛んだのか、下の方の、全然別の、こんな所で咲いている。
パンジーなんて、ワンシーズンで終わりと思っていたのに、
嬉しい。
これでバンバン広がって咲いてくれたら、今年はもう買わなくてもいいかも?!!
、、、って、そんなわけないか。
ところでロンドンで見かける花壇は街が税金で賄っていて、春先になると早速色んな花が植えられる。
そして何週かごとにごっそりと別の花に植え変えられる、、というのが延々と秋まで続くのだが、
特に夏は日差しに耐えられない花達が早く萎れるので、
それこそそのサイクルが早い。
そして気付くとまたパッと明るい新鮮な花が並べられているのだけれど、
それはものすごい手作業で、等間隔できっちり植えられているのを見ると、
だから、
ものすごいお金がかかってるな~
と思うようになってしまった。
綺麗っていっちゃぁ綺麗だけれど、なんだかなぁ~というか。
自分のバルコニーのある日咲いちゃった程度の花を見て、
やっぱり毎年勝手に咲いてくれるのがいいね、
そしてそれを手入れするくらいでいいね、
と、思うわけです。
あ、お金ないだけか。。。
2012年3月1日木曜日
茎の短いチューリップ
登録:
コメント (Atom)




















